novel-railwayのブログ

以前投稿した小説記事をこちらでアップしていきます。

鉄道公安官物語 第25話

さて、前回のお話では不審者が寝台車にいたことから、職務質問をしたところ、先輩公安官涌井の誘導尋問に引っかかって、ぼろを出した男の話しで終わっていたと思います。


> 涌井は、確信しました、この男は嘘をついていると。
>
>   涌井は、白根に目配せするとともに、車掌に伝えるようにサインを送るのでした。
>
> 白根は、涌井のサインを見落とすことはありませんでしたので、そっと離れると車掌室のドアをノックするのでした。


「コンコン」


白根が車掌室のドアをノックします。
その音に何事かと、車掌も慌ててドアを開けます。


  「どうされましたか?」


初老の車掌長は、若い公安官の白根に丁重な言葉で接します。


「どうも、置引きの犯人らしきものが乗っているのですが、田辺駅で降りるようなのです。今、涌井公安官が対応していますが、現行犯ではないため任意になると思います。駅への連絡は可能ですか?」


  「駅への連絡は、南部駅に到着時に駅員に通報しますので田辺で身柄の確保をお願いします。」


「わかりました、ありがとうございます。」


白根は、車掌長に礼を言うと再び涌井のまつ車掌室と反対側の通路に戻っていくのでした。


「先輩」


白根が小さい声で呼びかけてそっと耳打ちしました。


「田辺、マル」


  「わかった。」


涌井は、先ほどまでのにこやかな表情から一変、厳しい顔で先ほどの男に向かいます。
男の方も、涌井の顔が一気に阿修羅のような顔になったのでやばいと感じたのでしょうか、少し逃げ腰になっています。
  「あなた、南方熊楠は小学校の頃は天神崎で遊んだといったら、そうだといったよね。」


「ああ、言ったよ。小学校の頃に天神崎で遊んだ記憶がその後の研究に役立ったのさ。」


  「あんた、嘘言ってるね。」


「何言ってるのさ、・・・」と言いつつも声は段々小さくなっていきます。


  「南方熊楠は、和歌山市の生まれなんだよ。田辺に住んだのは晩年だ。だからあんたは嘘ついてるんだろう。」


もはやこれまでと思った男は、涌井の手を払いのけてとなりの車両に移ろうとしました。そこに咄嗟に前に立ちはだかったのは白根でした。


前にも後ろにも動けなくなったのです。


列車は、南部駅に到着していましたが、二人の公安官にはさまれてどうにもなりません。


遂に男は観念したのか、


 「ちぇ、俺も焼きが回ったものだ。こんなつまらんことで引っかかるなんて。」


そう呟くと、両手を出して。


 「さあ、潔く手錠をかけてやっておくんなさい。」


男は開きなおりとも取れる雰囲気で涌井に言うのですが。
涌井は一言、


「田辺駅で下りてもらいます。そこで取調べを行いますから。」


そう告げるだけでした。


  「何で、手錠をかけない。」


「それは、あなたが現行犯ではないから。ただそれだけですよ。」


そんなやり取りが続いた頃、924列車は田辺駅に到着したのです。

鉄道公安官物語 第24話

さて、新しい恋の予感を感じた、彼女は路面電車が通る比較的広い道を歩きながら実家のある黒江に向かって歩き始めたのですが、彼女が再び白根と再会するのはもう少し先のことですので今日は、白根たちが乗務した列車の方を見ていきましょう。


時刻は、ただいま1時半、御坊を発車した列車は安珍、清姫の説話で有名な道成寺を通過し印南(いなみ)まで歩を進めていました。


和歌山では、印南を過ぎれば紀南と呼ばれており、和歌山市内を中心とする紀北とは違う文化圏との位置付けがされています。


実際に、方言も気質も紀北地方と紀南では全く異なり和歌山県人同士でも言葉が通じないこともあるくらいです。


さて、天王寺発車から2時間半、寝台車まで一通りの巡回を終えた二人です。


ここで、当時の寝台車の雰囲気を思い出すままに、白根の目で語ってもらいましょう。


当時寝台車は2両連結されており、貫通路に書かれたB寝台というドアを開けると出入り口今までとは違う雰囲気が。片側に寄せられた通路と3段になったベッドが圧迫感すら感じさせます。


白根たちは、出来るだけ静かに歩きます、いびきが聞こえる区画もあれば、時々行儀の悪い足がベッドからはみ出していたり。


この頃連結されていたのは、オハネフ12と呼ばれる軽量車両で、スハネ16という(こちらは、古い客車の台枠を使って車体を新造したタイプ)でどちらも冷房化されており、まだまだクーラーが普及していない当時にあっては、夏場でも快適に過ごせるわけで、ひんやりとした風が白根たちを迎えてくれるのでした。


「寝台車自体は、上段の通路側が荷物棚となっており通路の天井は若干低めになっている。
この構造は、戦前の寝台車スハネ30から取り入れられた方法で、寝台車の特徴となっている、しかし、スリは油断ができない。」


先輩の涌井が、白根に諭すように話します。
白根も、雑誌などで寝台車の構造は知っていたとはいえ実際の運用中の寝台車を見るのは初めてですから興味津々です。
さらに、涌井の解説は続きます。


「まして寝台車の場合はみんなが寝ているので、逆に上着などからこっそりというのは比較的簡単なことだからな。」


そう言うと、一度は通りすぎた寝台車に、涌井は足を向けるのでした。
訝しむ、白根でしたが、そのままついていく白根。


実は、涌井の直感と言うのか公安官としての勘だったのです。


涌井の判断は正しかったのです、寝台車の通路に一人、中年の男が立っていたのです。


時間はまもなく深夜2時、和歌山県第2の都市、田辺市に到着する頃でした。


一人の男が寝台車のデッキで立っていました。


どうも怪しい、そう思ったのでしょう。


聞けば、この駅で降りるのだという、しかしどうしても疑念は晴れない一度は通りすぎた寝台車に。


服装といい、そわそわした態度といいどうもおかしいのです。


田辺で降りる客の場合、一般には高価な寝台車など使わずに座席車を使う場合が多い。
場合によっては、後から来る急行のグリーン車を利用するほうが安くて快適な場合が多いのです。


涌井は直感的に、この男は窃盗犯ではないかという疑惑を持つのですが、残念ながらその証拠がありません。


まして、この男は田辺駅で降りるという、田辺駅までの切符も持っているし、寝台券も持っているという、疑い出だしたらきりが無いのですが、どうも疑惑は晴れません、まして田辺駅到着まであと10分しかありません。


男は、田辺の出身だと言う、涌井も田辺の出身であったためカマをかけてみることにした。
まったく、でたらめな話しをでっち上げて、それがとても有名な場所で田辺市民ならみんな知ってる場所だと話したのだ。


本当に、田辺出身の人間であればすぐ嘘だと気づくのですが、その男はまんまと、涌井の仕掛けた罠にはまったのです。


「ああ、そうですね。有名ですよね。」
「私も、昔はよく遊びにいったものですよ。」


涌井は、確信しました、この男は嘘をついていると。


  涌井は、白根に目配せするとともに、車掌に伝えるようにサインを送るのでした。


白根は、涌井のサインを見落とすことはありませんでしたので、そっと離れると車掌室のドアをノックするのでした。


さて、この続きは明日にでもさせていただきます。

鉄道公安官物語 第23話

海南駅で降りた、恋に破れた女性はどうなったのでしょうか。
女の涙と白根がどうつながって行くのか。
早速、物語を始めたいと思います。


現在時刻は午前1時、白根たちを乗せた汽車はまもなく御坊に到着するところです。


御坊は、和歌山から約60kmの地点であり、約1時間の道のりです。
ここは、田辺市に次いで大きな都市なのですが、鉄道が市内の中心部に鉄道が入ることを拒否したため、市外の中心部からかなり離れた場所に駅が設置されました。
結局それではあまり不便と言うことで開業したのが、紀州鉄道(当時の社名は御坊臨港鉄道)でした。


当然こんな夜遅い時間帯ですから紀州鉄道は運転していません、駅のホームにキハ603形という気動車が佇んでいました。


御坊でも何人かの人がこっそりと降りていきました。
数えられるほどの人数でしかありません、列車から降りた4人の男女はそれぞれに跨線橋を渡って改札へと消えていくのでした。


白根は見送るともなく見ています。


さて、白根たちが御坊駅に到着した頃、海南駅に降り立った先ほどの女性は一人公衆電話にいたのです。
どうしても、忘れられない思いから、出てはくれないと思いながらも何度も電話を元彼にかけてみたのでした。
非常識な時間帯であることはわかっています、でもそうせざるを得なかったのです。


空しくコールが聞こえますが、当然のことながら出ません、何度目かの電話はつながりました。しかし、彼女の呼びかけには当然のことながら反応はありません。


やがて、「ツーツー・・・」電話が一方的に切れたことを告げる音が聞こえてきました。


彼女は、もう一度受話器を置いて改めて電話をしてみましたが、今度は一方的に話し中のコール。きっと受話器を上げたままにしているのでしょう。


何度か繰り返してみましたが結局、2度と彼が電話に出ることはありませんでした。


ふと、時計を見ると午前1時でした。


電話ボックスを出てみると1台のタクシーもありません。


仕方が無いので、歩いて実家に向かうことにしました。
彼女の実家は、黒江にありました。
歩けば小一時間はかかるでしょう、まして、急に家に行っても開けてもらえるはずもありません。でも、今彼女を癒してくれるのはそこしかなかったのです。


彼女は背中に背負った重い思い出とともに、車内で話しかけた白根の姿を思い出していたのでした。


汽車にもおまわりさんが乗っているものなのね。もう一人のおまわりさんはちょっぴり怖かったけど、若い方のおまわりさんは優しそうだったわ。


彼女は、白根のことを思い出しながら、それでいて若い女性の一人歩きは危険ですから、できるだけ明るい電車道を歩きながら家に向かうのでした。(当時はまだ、和歌山市・和歌山駅から海南市駅前まで路面電車が走っていたのです。)


結婚まで考えていた男と、偶然乗り合わせた夜行列車で見かけたあたらしい男性。
二つの心が彼女の中で、諦めきれない気持ちと、新しい恋の予感とが交錯するのでした。


彼女の名前は、博美


まさか、天王寺発名古屋行き924列車が二人を結ぶ運命の列車だったとはこのとき誰が思ったでしょうか。