novel-railwayのブログ

以前投稿した小説記事をこちらでアップしていきます。

鉄道公安官物語 第28話

前回、草木も眠る丑三つ時にうとうとしてしまった白根ですが、ふと窓から入ってくる磯のにおいが白根を更に夢の世界に誘うのでした。


顔はよく判らないのですが、まだ見ぬ素敵な彼女と浜辺を走っている夢でした。


そんな楽しい夢を破るように、野太い声が聞こえます。


「おい、なに寝てるんだ。」


  「○○さん。」


夢の中で白根が遊んでいた女性の名前を呼びます。


「なに、寝ぼけてるんだ、仕事中に寝る奴がないだろう。」


その声に目がさめて我に返る白根


  「すみません、寝てしまいました。」


「まぁ、いいさ。この時間帯は一番眠いだろうしな。」


汽車は、湯川駅に停車しているところでした。駅のすぐ前が海水浴場で夏場は海水浴客で大変にぎわうところです。


浜辺からの潮風がなんとも快適です。


空は、段々と白み始め紫にたなびく雲がかすかに東に空に見えてきます。


  「朝はこんなに綺麗だったんだ。」


白根は思わず口ずさみました。


「幻想的な景色だろう。夜行列車乗務の醍醐味はこれだよな。」
「特に夏場は比較的早い時間に夜が明けるから気持ちがいいものさ。」


涌井が、白根に話し掛けます。


  「はい、こんな綺麗な朝の風景を見たことはないです。」


夜汽車というのは不思議な乗り物だと思うよ。


「夜から朝にかけて走る列車というだけでなく、多くの人の絶望と希望を乗せて走っているのさ。」


「夜は必ず朝になる、明けない朝はないんだから。そして夜もまた必ずやって来る。
そして、夜行列車に乗る人は色々さまざまな理由がある、事業に失敗して逃げるように帰る人、親族の訃報に接して取り急ぎ持つものも持たず帰郷する人、そしてまだ見ぬ許婚に胸を膨らませて向かう人。
そんな多くの人生を乗せて、夜行列車は走りつづけている。


もちろん、窃盗犯のように招かざる客も時にはいるがそういった輩を取り締まり、多くの人たちの安心と安全を届けるのが公安官の使命なんだ。」


涌井は、白根に諭すように言葉を選びながら話し掛けるのでした。


そうか、公安官の仕事もお客様を安全・快適な旅を続けるにはとても大切なことなのだと改めて思い起こしたのでした。
気がつくと、朝の太陽はもうすっかり上がってきて青空も見えてきました。
朝風が、小さな車掌室の窓から入ってきます。


「今日もいい天気になりそうだ。」


涌井が声をかけます。


  「はい、先輩ありがとうございました。」


「おいおい、まだ乗務は終わっていないで。」


涌井が笑いながら答えます。


  「いえ、そんなつもりで・・・」


白根は慌てて打ち消すように話し掛けます。


涌井は何も言わず微笑んでいるだけでした。


長いようで短かった初乗務もまもなく終わりを告げようとしていました。


白根にとっては長い公安官人生の始まりの一夜でした。


ということで、一先ず公安官物語、この辺でおしまいとさせていただきます。


ありがとうございました。


鉄道公安官物語 第27話

少しふてくされた表情を見せながらも、白根と涌井に促されるように車外にでた犯人ですが、当時の紀伊田辺駅の様子を少しだけ時間のコマを戻してお話ししてみたいと思います。



田辺駅での25分の停車は長いようで短いものです。



先頭車付近では、荷物車から新聞の包みが降ろされ替わりにいくらかの荷物が積み込まれていきます。
当時は、宅急便も誕生しておらず、郵便小包も6kg、まででしたからそれ以上の大きさの小口荷物を運ぼうと思えば鉄道しか輸送方法はなかった時代なのです。



いまでこそ、簡単な包装で送れますが、当時は何重にも包装紙を巻いてさらに、荒縄で固定してということをしていても、壊れる場合も多々ありました。
また、荷物は原則駅まで持ち込む必要があり、宅急便が普及しだすと、あっという間に国鉄はその輸送量を減少させ国鉄末期には殆ど取扱いを止めていました。



今から考えればサービスが悪すぎますよね。



列車は、約10分遅れで発車したのですが、夜のダイヤのため時間には余裕があり、串本に到着するまでには回復できることを涌井から知らされました。


さすがに初乗務、緊張はしているのですが時々、眠ってしまいそうになります。


ウトウト、少し仕掛けたときでした、


「寝るのはまだ早いぞ・・・」、


涌井に注意され、ふと我に返った白根でした、
「まぁ、色々あったからなぁ、オレが乗り遅れたらと心配したんだって?」


涌井は笑いながら、白根に話しかけます。


白根は、
「涌井先輩、乗り遅れたのではないかと心配しましたよ。」


「大丈夫さ、夜は比較的ダイヤが寝ているから多少の遅れは調整できる」

「昼間だと大変だけどな。」


涌井も、白根に対して先ほどまでの肩肘張った話し方から少しくだけた話方をしてくれるようになりました。


時計は、2時、新宮までは後3時間の道のりですが、田辺を越えると本当に何もない山の中を走るのですから少し退屈です。


田辺から椿を経て串本に至るまではしばし線路は山側を走るため自慢の海岸線も見れません、といっても夜中ですから当然見えませんけどね。


単調なそれでいて規則正しく響く。カタン、カタンという音が白根たちに眠気を誘ってきます。
車掌室に戻るとそのまま寝てしまいそうになる、心地よい子守唄のような響きでした。


スタタン、スタタン、タタン・・・時には速く、時にはゆっくりと奏でる音に耳を傾けながら初乗務であった事実を回想しているのでした。



今日は、初めての乗務だったが、色々なことがあった。


そういえば、自殺未遂だといっていたあの女性は海南で降りたが無事帰れたのだろうか・・・。


小柄でかわいい女性だったが・・・。

白根は、ふとそんなことが頭に浮かびました。


もう一度会いたいものだ・・・、会えたら色々と話もできるのに・・・いや、会えるはずがないだろう。

そんな、妄想とも願望ともつかないことを思いながらつい、うとうと。

ああ、寝てしまいましたよ。


さて、その後どうなったかって?

鉄道公安官物語 第26話

白根は、初乗務で思わず置引きの常習者と遭遇、自殺志願者を未然に助けるなど普通ではありえない展開・・・(まぁ、脚色しているから当然だろうと言う突っ込みは無しで)ではありますが、こうやって色々と経験をつんで一人前の公安官になっていくのでしょうね。)


私も警察官だった頃は、警察学校で教わったことがすぐには使えず、いろいろ実践していく中で自然とできるようになることもあったのですから、どんな仕事も実践的勉強は避けて通れないのでしょう。


南部を発車した列車が田辺駅につくまでのしばらくの間、一人の男に対して涌井、白根、そして車掌長の坂田の3名が取り囲む異様な状況でした。


当時は、海岸線を走る旧線でしたから田辺につくまでに時々海岸線を走ります、時には海風に乗せて磯の香りが鼻をつくのですが、今はそんな風情を楽しんでいる余裕もありませんでした。


やがて、列車は田辺駅のホームに到着、ホームには駅員と田辺に常駐していた公安官が待っていました。


車掌長と涌井は男を連れてホームに降り立つと田辺駅に待機していた公安官と二言三言話したあと、待機していた公安官と一緒に駅事務室に消えていきました。


不安になったのは白根の方です。


一緒に行くほうがよいのかそれとも・・・・


そんな不安な気持ちを察したのか、車掌長の坂田が声をかけます。


「ありがとさーーん。」


なんていいませんよ。(このネタわかるのは関西だけかな?坂田師匠ごめん)


「心配要らないよ、この駅では25分ほど停車するし公安官が戻るまで発車は見合わせることもできるから。」


そんなことできるの?と思いながらも列車発車までの時間はたいそう長く感じたのでした。


 やがて、発車時刻が近づくのですが涌井の姿は見えません。


当直助役が、車掌長と何やら話していましたが、すでに時計を見ると出発時刻から5分ほど経過しています。


10分が経過しようとした頃、涌井が一人で戻ってきました、そして、しばらくするとDF50形ディゼル機関車の汽笛が響き渡り列車は再び闇の中を進んでいくのでした。


駅構内進行方向左側には田辺機関区が見え、扇形庫で休む蒸気機関車が水銀灯に照らし出されてなんとも幻想的な風景を演出しているのが見えました。


「おい、余所見ばかりしていたらだめだぞ。」


涌井先輩の叱責の声が背中から聞こえ、慌てて振り返る白根でした。


田辺で引継ぎした公安官は、涌井と鉄道学園の同期であること、男は置引きの常習犯で京都出身らしいと言った情報を教えられましたが、白根にしてみれば派手な捕り物はなかったものの、まさか自分がそうした逮捕の場面に遭遇したこと、また学園の授業では、容疑者に対する手錠を掛ける行為、【手錠を掛けることは、逮捕行為であるのでその扱いには十分注意を要する】といったことを実践で感じたのでした。


補足:現在は黒色の小型の手錠が主力ですが、私が警察官を拝命した頃はクローム鍍金された比較的大きな手錠で、ルパン三世の銭型警部のようにさすがに投げて手錠を掛けることは無いですが、捕縄と呼ばれる麻縄を常に別途所持しており、護送の際に利用するほか、暴れる場合は相手を拘束するためにも使いました。また、拳銃同様に貸与番号が刻印されていました。