novel-railwayのブログ

以前投稿した小説記事をこちらでアップしていきます。

鉄道公安官物語 第21話

和歌山駅に到着した924列車は、和歌山駅で多くの乗客を降ろしてしまい車内はがらんとしています。


1両に数人、それも大きな魚を入れるためのクーラーを持った人がの他にも何人か遅い通勤客といった風情の人も見受けられます。


実は、この後23:30にも天王寺駅を出発する「急行きのくに13号」という夜行列車もあるのですが、こちらは急行料金が要るため、それを嫌ってこの列車に乗る人も多かったのです。


しかし、この列車の目的はどちらかといえば新聞輸送などに代表される荷物輸送の列車ですから荷物が主でお客さんは従?ということはないのですが結構のんびりしたダイヤで列車は進みます。


時計が午前0時を指す頃、列車は海南市の漆で有名な黒江のトンネルを越えているところでした。
海南市、特に黒江地区は漆器の生産が盛んな地域で、根来塗りの流れを汲むというか、根来の職人が海南市黒江地区に移り住んだからと言われている。この辺はあらゆる説があるが、現在も、黒江地区には伝統の町並みが保存されています。


話がすこし脱線しましたが、0:03分、列車は海南駅に到着、数人が深夜に関わらず降りていく、白根はそこで、一人の女性を見かけたのです。


先ほど、車内で話していた。「私自殺を考えていたのです」と言っていた女性でした。


小さなハンドバックにハイヒール、薄暗くて表情は、はっきりと見えませんが思ったより小柄な女性でした。


白根は、駅ホームに降り立っていたのです。彼女も白根に気づいたらしく、軽く会釈してそのまま跨線橋を渡って消えていきました。


しかし、また再び彼女と再会することがあろうとは、そのとき白根も彼女も気づかないのでした。【その話は希望があれば番外編として・・・(^^ゞ】


海南駅で少ない乗客を降ろした926列車は、怖いものでも見たかのように急いで旅立っていくのですが、東和歌山駅で交代したDF50は、電気式デイゼル機関車と呼ばれるもので、電気機関車と比べると鈍重な感じは否めません。
 次の停車駅は加茂郷ですが当然車内放送は無し、先輩公安官であるが涌井が、白根に声をかけます。


「おい、巡回を開始するぞ。」


  「はい。」


「まず、車内警備の要点だが、何度も言うように一番被害の多いのがスリによる被害だ。」
「特に、車内につった上着に自分の上着を被せるふりをして、相手のポケットから財布を掠め取る手口だ。」


「それと、寝台車で多いのが、寝台の通路などに置かれたかばん等から金目のものを盗み出す手口」


「他にもあるだろうがわれわれの乗務の目的は犯罪抑止とお客様の旅をいかに快適にするかが目的だ。」


内心、大捕り物丁を少し期待していただけに内心がっかりです。


そんな白根の心を察したのか、涌井が語りかけます。


「スリは基本的に現行犯で無いと無理なんだ。」
「特に、夜行列車の場合は残念ながら数人のスリが乗っていると言われている。
だからよほど気を締めてかからないと、丸々やられたと言うことになりかねないんだ。」


白根は自分の認識の甘に恥じ入るとともにこの仕事の重要性を改めて感じたのでした。


  「すみませんでした。」


先輩の涌井は


「そんなこと言ってるひまがあったら、車内巡回するぞ。」


  「はい。」


白根は大きな声で返事をすると涌井の後をついていくのでした。


画像 wikipedia
さて、ここで寝台車について補足させてさせていただきます。
普通列車などに使われていた寝台列車は、10系寝台と呼ばれるもので、冷房化に際しては床下にデイゼル発電機を設置して寝台区画ごとに冷房装置をとるつけるという荒っぽい?手法が取られました。
私も一度だけ上段に乗ったことがあるのですが、寝台すぐ横の冷房装置の張り出しに閉口したものです。
今の感覚では絶対乗りたくないと列車と言えそうですね。(^^ゞ
さらに、52cmの寝台は決して広いとは言えませんでした。
ただ、寝台車の場合一番気を使ったのはやはり窃盗対策、そこで通路側の天上を少しさげて上段寝台と同じ高さに、荷物置き場を作り、そこに大きな荷物などは置けるようになっていました。
この手法は、開放式B寝台の基本的な構造として、踏襲されていきました。
通路側の下降式窓は窓を広く取れて軽快感はありましたが、腐食に悩まされたようで、比較的早くに消えていきましたね。
まぁ10系自体が軽量化という目的は達したものの、それ故に評判が悪くて全体に早く淘汰されて、スハ43等が最後まで残ったのは皮肉でした。

鉄道公安官物語 第15話

列車は、天王寺駅のポイントをいくつも渡りながら南に向けてゆっくりと歩みを始めるのでした。
機関車の列車と言うのは、加速が極めてゆっくりで、現在の新幹線がホームを出る頃には100km/h近く出ている現在の新幹線などとは比べるべくもありません。
当時はそれこそ「走る汽車に飛び乗った」なんていう歌詞に見られるように、無理をすれば乗れないことはない・・・そんな時代でした。


実際、昔の写真は動画などでは動き出した汽車に小走りで走りながら駅弁を販売するシーンなどを見ることが出来ますよね。


ある機関助士では、駅弁売りが動き出す汽車に小走りに走りながら弁当を渡すと言ったシーンがあります。それくらい、ゆっくりとしたものでした。


駅構内を出て、しばらくすると美章園駅を通過します。
最終列車にはまだ間がありますが、ホームに立つ人影はまばらです。
その横を加速しながら通過していきます。
機関車がブレーキを掛けたのでしょうか、軽いショックが伝わって来ます。
そろそろ高架区間をおりかけたのだろう、ふと外を見ると南田辺の駅名がちらと見えました。


さすがは先輩、運転の様子で大体の場所もわかるのか・・・少し感心する白根でした。


さて、ここでちょっと924列車のお話をさせていただこうと思います。
白根たちが乗務している紀勢本線直通の快速列車(924列車)はホーム長さ【ホーム有効長という】の関係で途中の駅には全く停車せずに和歌山を目指します。


天王寺を出ると次の和歌山までこの列車は停車しませんので、車内では車掌が停車駅の案内をしています。


ちょっと耳を澄ませてみましょう。


毎度国鉄をご利用いただきありがとうございます。この列車は名古屋行き普通列車です、後ろ2両の寝台車は途中、新宮までの連結となります。
途中止まります主な駅と到着時刻をお知らせします。


和歌山23:36、紀三井寺 23:56、海南 0:03、加茂郷 0:12、下津 0:16、初島 0:22、箕島 0:27、紀伊宮原 0:33、藤並 0:39、湯浅 0:45、紀伊由良 0:57、御坊 1:10、御坊から快速運転で印南 1:34、南部 1:54、紀伊田辺、2:06、白浜2:28、周参見2:58、見江津 3:12・・・・延々と停車駅と時刻が放送されています。
最後に、なお、最後の方で、手回り品や貴重品には十分注意して欲しいことが放送で流れていました。
夜行列車の宿命として、「すり常習犯」への対処は避けられないものだったのです。【時刻は昭和49年の時刻表から引用】


悪いことをする人間がいなければ、われわれの仕事は無いのだが・・・そう思いながらも白根は自分たちの仕事は車内の治安を維持していく大切な仕事をしているんだと改めて思い直したのです。


気が付けば列車は、長居競技場がある我孫子を通過し、まもなく大和川を越えようとしています。
列車はほぼ最高速度の90kmに達していたのでしょう、次々と電柱が流れていくのが夜目にもわかります。
見るともなく、窓外を眺めていた白根でした。


「白根、そろそろ巡回にいくぞ。」


先輩の公安官が声をかけます。


 「はい。」



白根は、制帽をもう一度かぶりなおすと先輩のすぐ後をついていくのでした。
車内は、蛍光灯に取り替えられた車両もありますが一部は白熱電球のままのため、車内は薄暗く車内も禁煙ではないので所々から煙が舞って少し息苦しいくらいです。


薄暗い車内をとおり、3両目のデッキに足を踏み入れたとき、一人の女性がデッキに佇んでいます。
白根から見れば特段何と言う風景ではなかったのですが、先輩公安官はその女性の異常に気づいたのでしょうか、近づいていくのでした。


さて、このお話の続きは明日にでもさせていただきます。

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

鉄道公安官物語 第14夜

さて、本題に入る前に白根たちの乗車する924列車とはどんな列車だったのでしょうか?
太公望列車と呼ばれた普通列車であることは前回も書きましたが、主たる目的は荷物輸送・新聞輸送といった性格を持っていたのです。
朝刊を配る列車が寝台特急であり夜行列車だったのです。
現在ではトラックに変わられていますが、今一度こうした輸送も見直されてもいいような気がします。
荷物輸送が主たる目的の列車ですので、早朝の5時には新宮に到着しますが、そこで寝台車を切り離したのち、列車はそのまま名古屋までの道のりを坦々と走って紀伊半島を一周するのです。
白根たちの乗務は、基本的には新宮までの夜行区間のみとなっていました。
ここで、休憩を取って戻ってくるというパターンでした。


先輩公安官は、車掌に挨拶に行くのでした。


「こんばんは、本日の警乗担当の涌井と、白根です、それと、彼が新人の白根です。。」


先輩に諭された白根は、最後尾の寝台車に陣取る車掌にあいさつを交わします。


「こんばんは、本日の警乗担当の白根です。」


 「こちらこそ、よろしくお願いします。天王寺車掌区北田と、中野です。」


普通列車とはいえ、寝台車を連結しているので車掌2人【うち一人は、後方監視兼務】の乗務となっています。
運転士を含めると6人がこの列車を運転することとなる。(当時は、夜間運転の列車は機関助士が乗務していた。)今ではおそらく2人程度であろうから今から考えると豪華な列車です。


あ、忘れていました。荷物室にも荷扱い車掌が乗務していますから全員で7人が列車を動かしているのでした。


さて、白根と涌井の二人の公安官は車掌が陣取る最後尾の寝台車と反対側、新宮よりの車掌室に陣取ることにしました。
といっても、狭い車掌室2にも入れませんから、白根は車掌室横の手ブレーキが置かれた乗務員室が仮の休憩所です。


時刻はまもなく22時40分、駅のホームでは発車のベルが鳴り響きます。リーン、リーン、リーン、ホーム全体に響き渡る大きな音が聞こえます。
いやが上にも旅立ちの雰囲気は上がります。


(昔の列車は、発車1分前にベルを鳴らしていたのですが、JRになってからは騒音問題との絡みで止めてしまいました。)


長いベルの音が鳴り止むみ、しばらくすると今度はEF58形機関車の「ピョー」と言う甲高くそれでいて物悲しく聞こえる汽笛が夜のホームに響き渡ります。


いよいよ924列車は終着名古屋を目指して約14時間半の旅が始まるのでした。


多くの人の夢と希望と絶望、それぞれの人生と思惑を乗せて旅は始まるのです、そして白根の本格的な公安官としての仕事も始まるのでした。

さて、このお話の続きは明日にでもさせていただきます。

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村