鉄道公安官物語 第27話
少しふてくされた表情を見せながらも、白根と涌井に促されるように車外にでた犯人ですが、当時の紀伊田辺駅の様子を少しだけ時間のコマを戻してお話ししてみたいと思います。
田辺駅での25分の停車は長いようで短いものです。
先頭車付近では、荷物車から新聞の包みが降ろされ替わりにいくらかの荷物が積み込まれていきます。
当時は、宅急便も誕生しておらず、郵便小包も6kg、まででしたからそれ以上の大きさの小口荷物を運ぼうと思えば鉄道しか輸送方法はなかった時代なのです。
いまでこそ、簡単な包装で送れますが、当時は何重にも包装紙を巻いてさらに、荒縄で固定してということをしていても、壊れる場合も多々ありました。
また、荷物は原則駅まで持ち込む必要があり、宅急便が普及しだすと、あっという間に国鉄はその輸送量を減少させ国鉄末期には殆ど取扱いを止めていました。
今から考えればサービスが悪すぎますよね。
列車は、約10分遅れで発車したのですが、夜のダイヤのため時間には余裕があり、串本に到着するまでには回復できることを涌井から知らされました。
さすがに初乗務、緊張はしているのですが時々、眠ってしまいそうになります。
ウトウト、少し仕掛けたときでした、
「寝るのはまだ早いぞ・・・」、
涌井に注意され、ふと我に返った白根でした、
「まぁ、色々あったからなぁ、オレが乗り遅れたらと心配したんだって?」
涌井は笑いながら、白根に話しかけます。
白根は、
「涌井先輩、乗り遅れたのではないかと心配しましたよ。」
「大丈夫さ、夜は比較的ダイヤが寝ているから多少の遅れは調整できる」
「昼間だと大変だけどな。」
涌井も、白根に対して先ほどまでの肩肘張った話し方から少しくだけた話方をしてくれるようになりました。
時計は、2時、新宮までは後3時間の道のりですが、田辺を越えると本当に何もない山の中を走るのですから少し退屈です。
田辺から椿を経て串本に至るまではしばし線路は山側を走るため自慢の海岸線も見れません、といっても夜中ですから当然見えませんけどね。
単調なそれでいて規則正しく響く。カタン、カタンという音が白根たちに眠気を誘ってきます。
車掌室に戻るとそのまま寝てしまいそうになる、心地よい子守唄のような響きでした。
スタタン、スタタン、タタン・・・時には速く、時にはゆっくりと奏でる音に耳を傾けながら初乗務であった事実を回想しているのでした。
今日は、初めての乗務だったが、色々なことがあった。
そういえば、自殺未遂だといっていたあの女性は海南で降りたが無事帰れたのだろうか・・・。
小柄でかわいい女性だったが・・・。
白根は、ふとそんなことが頭に浮かびました。
もう一度会いたいものだ・・・、会えたら色々と話もできるのに・・・いや、会えるはずがないだろう。
そんな、妄想とも願望ともつかないことを思いながらつい、うとうと。
ああ、寝てしまいましたよ。
さて、その後どうなったかって?
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